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湯原温泉のダムに沈んだ集落

初めてお越し頂いたお客さま。真庭市湯原のご出身ですが、遠くは愛知県から来て下さいました。

 

湯原ダムは、昭和30年に竣工、いくつかの集落がダムの底に沈みました。その一軒がご実家だったとの事です。なんと、沈む前の集落と周りの田んぼ、道、などが映ったとてもとても貴重な写真をお持ちで見せて頂きました。

 

もちろん、私の実家でも郷里でもありませんが、せつなく、懐かしく、物悲しい気持ちになりながら、思い出話をお伺いしながら写真を拝見しました。

 

重機も無い時代に、驚く様にキレイに圃場整理された田んぼ、、、開墾された先代さんを思うと、きっと当時のお住まいだった方達はやりきれなかったことでしょう。今の様に、個人の権利よりも、国の政策の方が重要視されてた時代、お構いなしにずんずん工事は進んで行ったようでした。そんなお話にも、時代の流れを感じました。

 

写真をクリック下さい。説明文付の拡大画像が見れます。

今の湯原温泉は、露天風呂の向こうにダムが有るのが有名ですが、当時の湯原温泉は今と全く趣が違い、それは素敵な山里の趣だった様。一番下の写真は、ダムの堰堤が建ちもうすぐ出来上がりの頃。今は砂湯と言っても砂利ですが、それまではホントに砂の底で、湧き上がった源泉でお湯の中を砂が舞い上がっていたそうです。

 

出来上がったばかりの頃は、きっと、殆どの人が温泉につかりながら、最新の建造物に心躍らせて眺めていたのでしょうね。今となっては、そのままの景観のままであればどんなに素晴らしいか!と思いますが、、、。

 

人は便利と引き換えに、何かを失っていってるのだ、、、と改めて感じた今日。まさに代償になられた当の家族さま、今となっては昔話ですが、おつらい気持ちはおありだと思います。お話下さり有り難うございました。

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コメント: 2
  • #1

    鼻濁音 (日曜日, 08 10月 2017 21:07)

    関東平野の、特に東部に行くと余りの山のなさに大変不安になります。砦のない手持ち無沙汰感というか・・・
    目からの情報で季節の移ろいを実感できにくい、というか・・・

    また、海外の大陸国家では山がなくダムの造りようがないので水がなく、お風呂に入らないらしいだの、皿を洗っても濯がないだの(洗剤の泡がついたまま)、よく話題になりますね

    日本は、多雨な地勢のおかげで稲も喜んで育っていますが、災害も多いし、結局のところ、ダムがなければ豊かなはずの水さえ蓄えられないのは不思議なかんじです
    井戸や地下水に頼っていては不安定、という事なのでしょうか

    どんなインフラも、過去の人の努力や犠牲があって成り立っている事に年をとって気づきました。若い頃は、自然発生的に、そこに在る、在ったもの、みたいな(笑

    じいちゃ、ばあちゃの容貌が、若い頃からそのままだった、と勘違いしてるのと似た感じですかね


    ちなみに1930年代某所では、谷川の水を朝一番に汲んで水がめに貯める仕事が子供の役割だった、と情報ツウから聞きました
    いえ、私は90年代生まれですけどね気持ちだけは(汗



    何気なく栓をひねれば、水が落ちてきてくれるけれど、そのひとしずくの通ってきた道のりに感謝しつつ

  • #2

    千屋アウトドアハウス ぱるきち (日曜日, 08 10月 2017 22:33)

    こんばんは、鼻濁音さん。コメント有り難うございます⭐️

    ホント、歳を取らないと実感として分からない事って沢山ありますね。日本史も、若いときは何か絵空事の様な、勉強のための勉強だった様な気がします。

    ちなみに千屋ダムは、一番の目的が供水調節と聞いた事があります。まさに安定と言う事ですね〜ダムが出来て便利になる事もあれば、自然や一部の人達の生活が壊され。。。人はそうやって学んで行くしかないのかな?